金閣寺の歴史

一般的に金閣寺(きんかくじ)と呼ばれていますが、
正式には鹿苑寺(ろくおんじ)といいます。

1224年(元仁元年)。
鎌倉時代に藤原一族の藤原公経(西園寺公経・さいおんじきんつね)が、
京都のこの地に別荘として西園寺を建てた。

その後、室町幕府3代将軍・足利義満により南北朝の合一にも成功し、
世の中がひとときの平和を取り戻しました。

1394年(応永元年)。
一応の達成感を得た義満は
37歳にして将軍職を義持に譲り、翌年に出家しました。

1397年(応永4年)。
室町幕府3代将軍・足利義満が荒れ果てた京都の西園寺を譲り受け、
「北山殿(北山第)」と呼ばれる大規模な邸宅を造営しました。
邸宅とはいいながら御所に匹敵する大規模なもので、
義満はここで政治の実権を握り、晩年までこの京都で過ごした。

1408年(応永15年)。
足利義満が51歳でこの世を去る。遺言により北山山荘は
舎利殿(金閣)を残して解体され、禅寺となりました。
禅寺の名前は義満の法名鹿苑院殿から二次をとり、
鹿苑寺(ろくおんじ)と名付けられました。
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